keisarinelämänlanka 朝顔(皇帝の[天皇の]人生の糸)
今年の8月(elokuu「収穫月」)下旬は大学のフィンランド語入門の成績付けなどに時間を取られ、火曜日から金曜日担当の協会のフィンランド語の各コースも再開、あっという間に9月(syyskuu「秋の月」)に入ってしまいました。その間この「ブログ欄」にも何も投稿できず、数少ない読者の皆さんには失礼しました。昨年は10日間ほど小笠原諸島(父島・母島)でのんびりできたことを、懐かしく思い出しています。
植物は、自然のものは気候や土壌に適応する形で精一杯生育しようとする姿が、作物や花卉は天候に左右されることも多いですが、だいたい丹精すればそれに見合った実や花をつけてくれるところが好きです。そのようなわけで植物に関する話題が多くなっています。
4月に「複合語を覚えるのは語彙を増やす秘訣の一つですよ」と書いた覚えがありますが、わが家のプランターで先月下旬から遅まきながら咲き始めたアサガオはまさにその代表的な例。keisarin(「皇帝/天皇の」)+elämän(「人生の」)+lanka(「糸」)です。面白い発想の複合語だとは思いませんか。
アサガオの丹精そのものは、水やりは欠かさなかったものの、本来あんどんに仕立てるべき品種だったのに気づかずに支柱だけ立て、無理やりそれに這わせていたようないい加減さでした。とはいえかなり大きな花を早朝には咲かせてくれています。





昨日は珍しく朝からちょこちょこあちこちに出かけ、夕方くたびれて帰宅しました。昨日何をしたか、入門・初級で勉強している方のために、いくつかの名詞につき格変化させずに辞書形で記します。中級以上の方は「午前」はaamupäivä、でも「午前に」はどうなるか、といった格変化を考えてみると勉強になると思います。
話は変わりますが、昨日の北海道新聞朝刊に、「首相のあいさつ広島と文面酷似」との小さな記事の中に「6日と9日に広島市、長崎市の両被爆地でそれぞれ開かれた平和式典での安倍晋三首相のあいさつの文面が酷似しているとして、被爆者から『何のために被爆地まで来たのか。ばかにしている』と怒りの声が上がった。」との文章がありました。おそらく自分の言葉で語ることはせず官僚の作文の棒読みで済ませたのだとは思いますが、ことばに関わる者としては戒めとなる出来事と記事でした。

前回に続いて食べ物の話です。行きつけの市内美園(みその)の居酒屋が今月いっぱいで店を閉めることになり、残念な思いをしています。「昭和」ムード満載で、持ち込みOK、いつもおいしいものを出してくれるだけでなく、食べ物の調理法や旬(sesonki)のことを教えてくれる素敵なママさんなのですが、寄る年波には勝てず仕入れがつらくなったこと、またこのコロナ禍で、40年近い歴史を持つ店をたたむ決心をしたようです。フィンランド人たちともよく行ったし、例外なくみんなが気に入ってくれる店だったので、本当に残念です。
写真は私の知人のPertti(愛称Pepe)が夏の別荘で調理している様子とその料理。どんな料理か分かりますか?大き目のマッシュルーム(herkkusieni)の石突(kanta)を取り、さかさまにした傘にブルーチーズ(homejuusto、home「カビ」+juusto「チーズ」)を詰め、ベーコン(pekoni)で巻いて焼いたもの。詰めるチーズはブルーチーズ以外でもOKです。石突も捨てずに食べましょう。夏を思い出させる私も好きな料理で、家でも道産子が大好きな焼肉の際に作ってみたことが何度かあります。
私が担当の、テキストsuomea suomeksi 2を使っているクラスで勉強している皆さんは、10課のs66でtäytettyjä paprikoita「詰め物をしたピーマン」が出てきたことを思い出してください。こちらはtäytetty paprikaの複数分格形です。
7月はheinäkuu「干草の月」、今でも田舎へ行くと牧草の刈り取りや牧草干しを見ることができます。7月は平均して雨が少ないこともあり、干草作りに適していたのでこの名前がついたのだと思いますが、最近は8・9月が意外と晴天が続くことが多いようです。私が2017年の8月~9月の2か月間フィンランドを訪れた際には、一度も傘を使わずにすみました。その前の7月は天気が悪い日が続いていたので気を揉んでいた記憶があります。
heinäは最近よくお世話になっているKaisa Häkkinen著Nykysuomen etymologinen sanakirja「現代フィンランド語語源辞典」によれば、古いバルト・スラブ語(ラトビア語やリトアニア語の祖語)からの借用(現代ラトビア語では干草はsiens)だそうで、ミカエル・アグリコラの時代から使われている語です。「草」はフィンランド語でruoho、こちらもアグリコラ時代から文献に現れている古い語ですが語源には諸説あるようです。
干草作りは田舎の夏の風物詩ともいえるもので、私も2、3回大して役に立たない労働力として手伝ったことがありますが、天気の良い間に一気に済ませてしまいたい大がかりな作業なので、talkoot(説明しずらいのですが、町内会活動のようにボランティアで近所や親戚の手伝いをすること)で行うことが多いようです。「牧草地の照り返しが思ったよりものすごく強いから、黒い服を着て仕事へ行ってはダメよ」と友人のお母さんのMaijaに何度も心配してもらったことを思い出します。